■ウミネコ郵便の新人配達員は、毎日毎日夕陽を眺めている人魚に一目惚れする。
なんとかして彼女に自分の存在を知って欲しいと、ガラス瓶に入れた花〈水中花〉を彼女のお気に入りの場所に毎週置いた。
彼はとうとう、彼女に告白する決意をし、〈ここで貴方を待っています〉と水中花に彼女を呼び出す手紙を添える。
外界に興味を持っていた人魚は、地上の花を毎週届けてくる者を前々からとても興味を持っていたニンゲンだと思っており、はやる気持ちを抑えながら約束の場所へ行く。
しかし、そこに呼び出し人はおらず、夕陽は沈み紺碧の海が月を飲み込んでも誰も来なかった。それでも彼女は寒さに耐えながら待ち続けた。
一方、郵便屋は緊張のあまり配達先を10も間違え、こってりと上司のウミネコに叱られていた。彼が彼女を待たせまいと上の空になる度、説教は長引いた。
青鴉色の空にレモン色の朝日が差し始めた時、暗く落ち込む人魚の真上に、朝日に照らされ、黄金と薄緑の輝石のように輝く翼を羽ばたかせ舞い降りてくる者がいた。
彼は唖然とする人魚の前で、申し訳なさそうに帽子を脱いで深々と謝った。
人魚は昔絵本で見た人魚姫のような王子様が迎えに来るのだとばかり思っていたので、どうすればいいかわからなかった。
「ぼくは、あなたに見せたいものがあるんです」
「見せたいもの?」
「はい。あなたに伝えたいことが色々あって、ぼくは何から伝えればいいのか考えて……だから、まずはぼくの見ている世界を、お見せしようと思って」
「え、どういう…」
「手を!」
言って力強く翼を羽ばたかせ、彼は手を差し出した。
「空を!この空を一緒に飛びましょう!潮の風を切り、紺碧の海原を越え、海鳥の白い岬を越えて、一緒に世界を見に行きましょう」
彼は真摯な瞳でこちらを見つめていた。夜明けの涼やかな風がふたりの間を通り抜けても、彼は答えを待っていた。
「私……海の中のことしか知らないの…だから。」
絵本の中に、こんなお話は無かった。人魚はずっと本に綴られているような美しい世界を見たいと思っていた。
彼女はキラキラと星屑のように光る自身のウロコを見つめてから、そっと彼の手に自分の手を乗せた。
「私を連れていって。それから、たくさんお話しましょう」
「ええもちろん!それでは、一緒に世界を見に行きましょう!」
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